第13回(2017年度)日本シェリング協会研究奨励賞選考委員会報告
                                 
1 研究奨励賞選考結果
  日本シェリング協会研究奨励賞選考委員会では、厳正な審査の結果、2017年度日本シェリング協会研究奨励賞受賞者を以下のように推薦し、理事会での審議を経て決定されたことを報告する。
 
受賞者
八幡さくら氏(東京大学大学院総合文化研究科・教養学部付属「共生のための国際哲学研究センター(UTCP)」・特任研究員)

受賞対象業績
『シェリング芸術哲学における構想力』晃洋書房 2017年 256頁

2 選考過程
 2017年度日本シェリング協会研究奨励賞候補推薦の公募に、二名の方から八幡さくら氏への推薦があった。それ以外には推薦はなく、候補者は八幡さくら氏一名であった。
 選考委員会では、上記の結果を経て、八幡さくら氏を研究奨励賞候補として、主要業績(単著『シェリング芸術哲学における構想力』晃洋書房 2017年)の審査を行った。選考委員会の構成は以下の通りであった。(敬称略)
 哲学:伊坂青司、橋本崇、加國尚志(選考委員長)
 美学:村上龍
 文学:武田利勝
 宗教学:後藤正英
 一ヶ月に及ぶ査読期間を経て、審査結果を集計したところ、八幡さくら氏の研究奨励賞受賞推薦を可とする者5名、留保を示しつつも、推薦を可とする者1名という結果となった。したがって、選考委員会としては、推薦を可とする者多数として、八幡さくら氏を2017年度日本シェリング協会研究奨励賞受賞者として理事会に推薦することを決定した。

3 受賞理由
 八幡さくら氏はシェリング芸術哲学の研究を行ってこられ、数多くの論文を公表しているが、際立った業績として単著『シェリング芸術哲学における構想力』(晃洋書房 2017年)を評価の対象として審査したので、以下にその理由を述べる。
 八幡氏の単著『シェリング芸術哲学における構想力』は2014年3月に神戸大学に提出された同名の博士論文を基にするものであり、八幡氏はそれにより博士(学術)を神戸大学より授与された。
 同書の内容は、芸術の産出力である構想力に着目し、シェリング芸術哲学を理論と作品分析の両面から議論するものである。カント哲学との比較、自然哲学との関係、芸術哲学の具体的側面という三つの観点から、シェリングの構想力概念を検討し、芸術哲学の新たな解釈の可能性を示すものである。
 八幡氏は「シェリングにおいて、芸術に関する問題意識は前期から後期まで形を変えて継続されている」という観点に立ち、シェリング哲学の本質をなすものとして芸術哲学をとらえている。そして芸術理論としてだけではなく、作品分析の両面を備えた議論として、シェリング芸術哲学を受容美学的な観点からも評価する。その際に八幡氏が重視するのは、シェリング芸術哲学における「構想力」の作用と本質である。
 言うまでもなく「構想力」概念はカントの『純粋理性批判』での図式的構想力、『判断力批判』での象徴的構想力にさかのぼるものであるが、八幡氏はカントにおける構想力とシェリングの構想力を比較することを通じて、シェリングの構想力論の独自性を明らかにするとともに、この構想力論が自然の産出性と結びつくことを指摘しながら、シェリング構想力論における「図式・アレゴリー・象徴」の各構想力と芸術ジャンル分析との対応について示している。
 このようなカント構想力論との比較を第一の柱として、八幡氏は、「芸術の産出性たる構想力の源は、自然の産出性」にあることを第二の柱として主張し、構想力論をポテンツ論と結びつけ、また産出性概念に依拠することにより、従来シェリング同一哲学の体系の中で対立的にとらえられていた自然哲学と超越論哲学あるいは芸術哲学の両面を一つの体系性において理解することを可能にしている。「自然と芸術とは互いの産出性において強く結びついており、自然の産出性、いわば自然の構想力が芸術において完成されており、芸術の産出性を支えている」(89頁)ことを八幡氏は主張している。カントが構想力を感性と悟性の共通の根ととらえたのに比較して言えば、シェリングにおいては構想力が芸術と自然の結び目となっていると言うことができよう。とりわけ『造形芸術の自然との関係について』において、芸術と自然の産出性が密接な関係で結びつけられていることを八幡氏は指摘する。このように構想力をただ表象的意識の構造と見るのではなく、自然の産出性と結びつけることにより、同一哲学期における自然と精神の同一性の体系の可能性の条件として芸術的な直観(知的直観)を把握することが可能となるのである。シェリングにおいては、とりわけカントには見ることのできないアレゴリー的構想力が加えられることにより、構想力の基礎にあるポテンツが『芸術の哲学』において芸術の類型化を可能にする原理となっていることを八幡氏は指摘している。構想力を芸術と自然の連続性の原理として把握することが、同時に芸術のジャンル類型の原理となっていることを指摘したことは、西洋美学史の受容美学史的側面として、少なからぬ意義を持つものと考えられよう。
 また八幡氏は第三の柱として「芸術哲学の具体的側面の研究」として、上述のジャンル論に加えて、「悲劇論」を人間的自由の承認論として読み解くことを主張し、『オイディプス王』を人間の自由の承認をめぐるドラマとして、シェリングの根本的人間観を示すものとして提示している。
 また本書の第四の柱として、シェリングにおける具体的な作品分析と絵画論があることを示し、シェリングがドレスデン・アカデミーの作品にどのようにインスパイアされたかを丹念に追い、またコレッジョをめぐるシュレーゲル兄弟との評価の相違を指摘しながら、シェリングにとって明暗の画家であったコレッジョの作品がシェリング芸術論における光と闇の議論として変奏されていくことを指摘している。また本書における風景論とシェリング芸術論についての考察は、自然の産出性と風景画論を結びつける論考として示唆に富むものである。
 こうした具体的な作品鑑賞との関係からシェリング芸術論を美術史的問題に引き寄せることに成功している点、ツェルプストや松山壽一など先行研究にも目を配りながら、制作論と受容論の両面からシェリング芸術論を捉えることを可能にしている点などに、今後、シェリング芸術論を美学史、美術史との関連の中で再評価する方向への展開が期待できる。
 
 以上のように、八幡さくら氏の研究が、シェリング芸術哲学における構想力概念の新たな評価、自然哲学との一貫性の強調、ジャンル論の意義の解明、具体的な作品鑑賞との関わりといった点で、シェリング哲学研究において、斬新な視点を提供すると同時に今後の展開が大いに期待されるという点で、研究奨励賞選考委員の評価はほぼ一致した。したがって、本研究奨励賞選考委員会は、2017年度日本シェリング協会研究奨励賞受賞者として、八幡さくら氏を推薦し、理事会により承認された。

                                  
                        日本シェリング協会研究奨励賞 選考委員長
                                       加國尚志